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レイ・シーザーというアーティストのこと

レイ・シーザーというアーティストのこと
引用:raycaesar.com「Keepsake Canvas」

カナダのトロントで制作活動をしているイギリスのデジタルアーティスト、レイ・シーザー氏について、書いてみたいと思います。




レイ・シーザーの作風

近年の作品では頭身が高めの人物画も増えていますが、初期の作品では子供を主役として描かれた作品をメインに制作していました。

描かれる子供たちはクラシカルなドレスを着ていたり、手の指が触手のように、あるいは鋭利な爪のように変形しており、異様な雰囲気を放っています。
それでいて、過度に毒々しかったり、露悪的な表現に堕ちる事なく、どこか神聖で、静謐な空気が流れているのが、氏の作品の特徴です。

描かれる子供たちは、異様な外見をしていても「自分にとってはこれが日常」というような、達観した感じで存在しています。

それはおそらく、レイ・シーザー氏の異色の経歴に理由があります。

レイ・シーザー 小児病院に勤めた日々と、創作のきっかけ

学校で建築を学んだレイ・シーザー氏ですが、そちらの道には進まず、カナダのトロントにある小児病院のフォトグラフィック部署に17年間勤めました。

病院ではデジタル・フォトグラフィーの制作に携わり、外科手術や動物の調査、子供の虐待などのドキュメンタリーを制作しました。
仕事は多岐に渡り、病院で利用されるあらゆるビジュアルイメージの制作を行いました。

病院で仕事をする事で、レイ・シーザー氏は非常にショッキングな画像を目にしたと言います。

以下に、季刊エスという雑誌のレイ・シーザー特集で語られた、非常に印象に残っている氏の言葉をそのまま引用しますが、かなり強烈な内容なので、ご注意ください。

















病院で働くことで、私はこの世の全てを見たと思います。
ある日、私は病院の記録のために一連の犯罪学の画像のプリントを手伝いました。
それが何だったのかは定かではありません。出されるものは機密になっているのが常ですから。
ただ察するに、それは殺人狂の犠牲者だったと思います。
あまりにも不運な少女でした。
私はこれまでに多くのショッキングな画像を見て来ましたが、あの哀れな子供ほど強い印象を残したものはありません。
私はその直後に退職しましたが、いまだにあの画像にとりつかれています。
それが1997年のことで、病院を退職後はヴィジュアル・エフェクトの3Dアニメーターとして働きはじめました。
数年間働いて「ストレンジ」や「トータル・リコール2070」などのSFを制作しました。
そして丁度その頃、2002年というたった1年の間に、私の母、姉、いとこの子供がみんな癌でなくなるという事件が起きたんです。
それから私はとても奇妙な夢をみるようになりました。
その中で母が子供の姿で現れる衝撃的な夢があり、この「訪れ」が私に新たな道を示してくれたのでしょう。
私はアニメーション会社を辞め、わけも分からぬままに、自分が見たイメージを絵に描きはじめました。

季刊エス 2005年7月号より引用








病院で目にしたあまりにも、あまりにもむごい少女の画像と、家族や親族を1年の間に続けざまに無くしたショック、そしてレイ・シーザー氏のアーティストとしての高い技術が結実したのが、彼の作品、という事なんですね。


ムンクが自分の内面からくる不穏なエネルギーを「自然を貫く、ひどく大きな、終わりのない叫びを、僕はその時感じたのだ」と表現し、「叫び」という作品を生み出したのと同じく、レイ・シーザー氏の中にある抱えきれないほどの想いが、内的なエネルギーが、アートと呼ばれる形でほとばしり出たのだと思います。


レイ・シーザー氏の作品に、神聖で静謐な空気を感じると、上の方に書きました。

それについても、小児病院で出会った子供たちの佇まいから大きく影響を受けている事を感じさせる、氏の言葉があるので引用します。


この静穏という基本、それは小児病院での日々で記憶しているものですが、入院している子供たちの表情にあらわれていたものでした。
彼らはまるで何か秘密の叡智につながっていて、全ての答えを持っているような顔をしていたのです。
だって彼らは大人でも体験し得ない生命の大きな困難に立ち向かっていたのですから。
彼らを小さな天国に招き入れ、彼らに肉体を与えたならば、もはや彼らに恐れるものは何もないでしょう。



小児病院で交流した子供たちとの繋がりも、氏の作品と分かちがたく結びついているのだと思います。


レイ・シーザーの作品に感じること

歪みやいびつさ、異様さ、グロテスクさをはらみながら、どこか神聖で、静謐なレイ・シーザー氏の描く子供たち。


彼ら・彼女らを見ていると、そんな歪みも美しいというか、肯定的な気持ちになれます。


誰しもが歪みやいびつさを多かれ少なかれ持っていて、レイ・シーザー氏の作品を愛して肯定する事で、自分自身にも寄り添い、肯定できるような、そんな気がします。


「アート」という言葉にある種含まれている、近寄りがたい感じではなく、どこか自分と結びついているような、地続きのような、そんな気持ちで向き合うことができる。

それがレイ・シーザー氏の作品の魅力かなと思います。



この記事を書いた人
せみやま せみやま
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Posted by せみやま