アウシュビッツ 死者たちの告白
NHKスペシャル「アウシュビッツ 死者たちの告白」という番組を観ました。
いつものブログと違って、重い内容になります。
第二次大戦中、ナチス・ドイツは、アウシュビッツをはじめとする強制収容所にユダヤ人を閉じ込め、組織的に虐殺していました。
ナチス崩壊の直前、それらの収容所は証拠隠滅のために破壊され、虐殺の実態は多くの謎に包まれています。
今、謎に包まれた強制収容所の実態に、新たな光を当てると期待されているものがあります。
それは、アウシュビッツ収容所のガス室近くに埋められたメモ。
過去から届けられた、魂の告白でした。
目次
埋められていたメモ
メモは、アウシュビッツ収容所のガス室近くの地中から、1945年~1980年にかけて発見されました。文字の劣化がひどく、内容は長らく謎とされてきましたが、近年、画像解析技術の発達により、その内容が解読できるようになりました。
解読を進める内に、これらのメモが3人の人物によって書かれたこと、全員がアウシュビッツに収容されていたユダヤ人である事が分かってきました。
そして、彼らが、ユダヤ人でありながら、ナチスによるユダヤ人虐殺に加担させられていた人々だったという事も、分かってきたのです。
ゾンダーコマンド
ユダヤ人でありながら、ナチスによるユダヤ人虐殺に加担させられていた人々。彼らは、特殊部隊を意味する「ゾンダーコマンド」という名で呼ばれていました。
ゾンダーコマンドは、同胞のユダヤ人をガス室送りにするため、服を脱がせたり、ガス室に誘導したり、毒ガスによって絶命した人々を火葬場に運ぶなど、虐殺に関するあらゆる任務に就かされていました。
ナチスは、ユダヤ人の虐殺に関する作業や労働を、当のユダヤ人に強制したのです。
それは単にユダヤ人を虐殺のための労働力として使うだけでなく、いずれ口封じのために始末する事までも見据えての事でした。
レイブ・ラングフス
メモを書いた人物の1人、レイブ・ラングフスは、ポーランド系ユダヤ人です。
地元ではユダヤ教の指導者として、人々を導く存在でした。
アウシュビッツに収容後、ゾンダーコマンドとして、同胞のユダヤ人虐殺への加担を強いられました。
ラングフスの妻と息子も、同じ収容所でガス室送りになった事が分かっています。
その事について、ラングフスは「私の恥はどれほどか」と述懐しています。
「詳細」と名付けられたラングフスによるメモには、彼を裏切者として糾弾する、幼いユダヤ人の少年の言葉が記録されています。
幼い少年はこう言った。
「あなたたちもユダヤ人でしょう」
「仲間をガス室に送って自分だけが助かるなんて」
「どうしてそんなことが平気でできるの?」
「殺人者として生きることが僕たちの命よりも大切なの?」
マルセル・ナジャリ
メモを書いた人物の1人、ギリシャ系ユダヤ人のマルセル・ナジャリ。
ナジャリは、軍隊に所属していたことが分かっています。
両親と姉を収容所で殺されたナジャリですが、ゾンダーコマンドとして裏切者の汚名を受けても、生きる事を選びました。
彼は「復讐のため、私は生きる」
という言葉を残しています。
メモを書いた3人の内、終戦後も生存が確認できた唯一の人物です。
ナジャリは、アウシュビッツから他の収容所に移送される人々の集団に紛れ込み、奇跡的に命を繋ぎました。
終戦後、故郷のギリシャに帰り、家庭を持ちましたが、アウシュビッツでの経験を語る事はありませんでした。
ザルマン・レヴェンタル
メモを書いた人物の一人、ポーランド系ユダヤ人のザルマン・レヴェンタル。
当時、20代だった事までは分かっているのですが、どんな職業に就いていたのかなど、詳しい経歴は分かっていません。
彼は、ゾンダーコマンドとしての任務に就く内に、麻痺していく自分の心情を語っています。
私はごく普通の人間だ
根性が腐った人間でも
残忍な人間でもない
そんな私がこの任務に慣れていく
誰かが泣き叫ぼうが
毎日のことだと無関心に傍観する
生きるためにはしかたがないと
自分を納得させるようになる
いま生き残っているのは二流の人間ばかりだ
自らの命はどうでもいいと
理由を探して取り繕っているが
真実は何が何でも生きたいのだ
ザルマン・レヴェンタル
ナチスによって計画された「対立」
ゾンダーコマンドは、国籍や言語、年代の異なる人々によって構成されていましたが、そこには理由がありました。ナチスは、ゾンダーコマンド同士の結託や反乱を恐れていました。
言語や年代が違うほど、ゾンダーコマンド同士の結束は弱まり、扱いやすくなると考え、あえてそのように仕向けたのです。
事実、メモの内容からもゾンダーコマンド同士は「出身の異なる者たちは、本当のユダヤ人ではない」という敵意をお互いに抱いていた事が分かっています。
出自の異なる他者の存在を受け入れられない人間の心理を、ナチスは巧妙に利用していたのです。
空腹による思考停止
ゾンダーコマンドたちが残したメモの解読を受けて、重い口を開いた人物がいます。
ギリシャ系ユダヤ人のハインツ・クーニオさんは、15歳で強制収容所に入れられ、ドイツ語を話せる事から、ナチスへの協力を強制されました。
収容所での生活で、最も印象的だったのは何でしたか?
という質問に対して、彼が語ったのは「空腹」でした。
「極限まで空腹になると、人は何も考えられなくなるのです」
ナチスは、収容されていた人たちにろくに食べ物も与えず、思考力を奪う事で、支配していたのです。
魂の結束
ナチスによって、対立し、分断させられていたゾンダーコマンドたち。しかし、水面下で、結束し、想いをぶつけ合っていました。
そして「武器を奪い、ガス室を破壊する」
という計画を立てていたのです。
自分たちの仲間の虐殺に加担させられ、
裏切者と呼ばれ、それでも生きて、
お互いを「あいつらは本当のユダヤ人じゃない」
と、蔑み、憎み合っていた人たちが、
民族や言語の違いよりも、それらを超えて共有できる部分でつながって、
虐殺の象徴であるガス室を破壊しようとしていたのです。
その事を考えると、心が震えます。
地中からのメッセージ
ガス室の爆破計画を立てていたゾンダーコマンドたちですが、ナチスによって数百人の仲間がどこかへ移送されてしまい、当初の計画を遂行する事ができなくなってしまいました。虐殺の一部始終を知ってしまった彼らには、口封じとして殺される運命が待っていました。
死の運命を前に、ゾンダーコマンドたちは、収容所での自らの体験をメモに記しました。
そしてビンや箱に詰めて、ガス室近くに埋めたのです。
それは大量虐殺の告発文であり、裏切者として生きた、自らの告白文でもありました。
メモの作者である3人のゾンダーコマンドの、それぞれの言葉が残されています。
私は死を恐れてなどいない。
ただ、復讐できない事がくやしいのだ。
私の唯一の望みは、このメモが皆の手に渡る事である。
マルセル・ナジャリ
何百万人もの命が奪われたアウシュビッツの歴史が、このメモを通じて世界に伝えられる事を願う。
そして、いつまでも人々の心に留まり続ける事を、私は願う。
ザルマン・レヴェンタル
私たちは、これからどこかへ連れて行かれる。
殺されるのだろう。
私は強く求めたい。これまでに書いたいくつかの文書に、イニシャルを記し、ビンや箱に入れ、ガス室の近くに埋めた。
それを、拾い集めてほしい。
今日は、1944年11月26日。
レイブ・ラングフス
残されたあるメモの最後は、こう記されていました。
ここには、全てが記されている訳ではない。
真実はもっと悲劇的で、計り知れないほど、恐ろしい。
メモは、いくつも埋められている。
探し続けてほしい。
まだまだ、見つかる筈だ。
「アウシュビッツ 死者たちの告白」動画リンク