物語 ゴリラとドローン
あるところにゴリラがいました。
そのゴリラは手話を操る事ができ、地元の人と手話で会話する事が出来ました。
男「やぁ、ゴリラ。今日もいい天気だね」
ゴリラ『そうだね、お日様が気持ちいいね』
男「これから牛たちに草を食べさせに行くんだ」
ゴリラ『そうなんだ、僕もこれからご飯だよ。この辺りは、ヤマイモがいっぱいあるからね』
男「ヤマイモ、美味いよな。すり潰してこねて、パンにしても美味い」
ゴリラ『へぇ、どんな味がするんだろう。僕は君たちみたいに器用じゃないから、丸かじりで食べてるよ』
ある日、どこかの国のドローンが、ゴリラの住む森にやって来ました。
ゴリラは、生まれて初めて見る不思議な飛行物体を、きょとんとした顔で見つめました。
ドローンはプロペラを旋回させながら、ゴリラの正面に浮遊しています。
機体には単眼の巨人のようなレンズがついており、光量を調整するための絞りが、人間の瞳孔のようにせわしなく拡縮していました。
ゴリラは手話で「こんにちは」と挨拶をしました。
ドローンは数秒の間を置いた後で、ゆっくりと飛び去って行きました。
ゴリラと相対していたドローンの操縦士は、地球の裏側にいました。
ドローンのレンズが捉えた映像は、かなり不鮮明ながら、リアルタイムに操縦室のモニターに映し出されていました。
操縦士は、わんぱく盛りの2人の兄弟を育てるシングルマザーでした。
ゴリラの住んでいる国は、彼女が所属する軍の戦略地域で、軍が「我が国家の敵である」と定めた人たちをドローンで攻撃するのが、彼女の仕事でした。
「……」
彼女はデスクの引き出しから折りたたまれた紙片を取り出し、上官のデスクへ行きました。
上官「どうした?休憩にはまだ早いと思うが」
操縦士「これを…」
上官「辞表? この仕事を、やめたいと言うのかね?」
操縦士「そうです。辞めます」
上官「なぜだ?」
操縦士「ゴリラが」
上官「ん?」
操縦士「ゴリラが… 手話であいさつをしてくれました」
上官「…辞表の前に、休暇の申請をしてみてはどうだ? この仕事、精神を追いつめる者も多いが…」
操縦士「違います」
上官「作戦地域に芸を仕込まれたゴリラがいたんだな。それで? それが辞める理由か?
君が掃討したテロリストの拠点の村があったな。 あの時、民間人にも犠牲者が出た。
やむを得ない犠牲だったが、あの時の犠牲者の中には、君の息子とさほど変わらない年齢の少年、少女も含まれていたじゃないか?
あの時やめずに、なぜ今なんだ」
操縦士「ずっと…ずっと考えてたんですよ。
やめるなら今が一番いいです。
あのゴリラ、とても優しい目をしてました。
私に、あいさつしてくれたんですよ…」
操縦士が口元に手を当てて嗚咽する中、他の操縦士たちはモニターに向かい合い、ミサイルを炸裂させるターゲットを静かに探していました。